親亡き後のこと ~3年前の話~

3年前の話です。

その日、私は、仕事先から、歩いて帰宅していました。

重い本を持っていて、バランスが崩れ、転んだ時には、

顔にひどいけがをしていました。

病院に行き、治療してもらい、念のためにと、レントゲンを撮ったところ、

ぶつけた方ではない頭部に影が見えました。

なんと、脳に腫瘍が見つかったのです。

 

一番に頭をよぎったのは、子ども。障がいのある子どもたちのことです。

くしくも、編入した大学の卒論のテーマは、「障がい者と成年後見制度」

サブタイトルには、「親亡き後」がしっかり入っていたにもかかわらず、

その時まで、私にとっては、全くの他人事でした。

「親亡き後の問題」が、私の目の前に降りかかってきたのです。

私は、自覚症状もなく、とても元気でした。

セカンドオピニオンとして、何軒かの病院を回りましたが、

障がいのある子どもたちのことを考えると、

腫瘍が小さいうちに手術してしまおうという私の意思は変わりませんでした。

 

12月に手術をすることにしました。

医者の説明では、もちろん、万が一は死ぬこともあること。

また、後遺症として、左手に麻痺が残る可能性も4割程度あるとのことでした。

 

万が一に備えて、今の私に何ができるか…

その時に限って、仕事に追われていました。

でも、この先、家族に迷惑をかけないために、少しずつ、家の整理をしました。

預金はまとめました。

毎日来てくれるヘルパーさんを探しました。

そのヘルパーさんに家の事のあらゆることを伝えました。

子供の下着も一緒に買いに行き、これからの買い物等もお願いしました。

そして、公正証書遺言です。

行政書士として、これだけは作っておかなければと思いました。

夫は、全く畑違いの仕事をしている人でした。

検認も、相続手続きも、できるかどうか心配でした。

人のために作っていた遺言書でしたが、自分自身のために、

公証役場に打ち合わせに行きました。

遺言執行者も信頼できる方にお願いして、遺言書に書き加えました。

子供のための成年後見人は、まだ見つけられませんでしたが、

何人かの知り合いには、これからのことをお願いしました。

もしかしたら、最後になるかもしれないと思いながら、

子供の年賀状の表がきも書きました。

思いつく限りのことをしました。

それでも、まだまだやり残したことがあると思って、

手術の前の日は、眠れませんでした。

 

わたしの思いが伝わったのか、

無事に手術も終わり、腫瘍も良性だと分かりました。

頭の半分近くの髪の毛が無くなりましたが、

かつらでごまかし、いつしか、髪の毛も元に戻りました。

 

私は、やっと分かりました。

人は、いつか死ぬのです。例外はありません。

死ぬ日だって、自分では決められないのです。

子供のために長生きしたいと思っても、願いの叶わないこともあるのです。

 

万が一のために、お子さんの生活を守ってくれる人を探しておきましょう。

時間がかかる仕事です。まだ早いなんて思わずに、

今から心がけておきましょう。

 

手術が終わったとたん、

早速私も、子供の成年後見人探しをしました。

やっとこの人だと見つけて、お願いしました。

返事は……?

「すいません。これで7人目なんです。

皆さんに平等にが私の考えなので、皆さんにお断りしているんです……」

なかなか候補者はいないようです。

 

2年後、

私のバトンを受け取ってくれる

成年後見人候補者は見つかりましたので、ご安心を。